2026年1月施行の改正行政書士法は、ICT活用による利便向上と業務改善を行政書士の「職責」に書き込みました(1条の2第2項)。生成AIはその最有力の手段ですが、行政書士の業務は守秘義務(12条)・業務独占(19条)・書類作成の最終責任という三つの柵の中にあります。本記事は、個人情報保護委員会の注意喚起(令和5年6月)、総務省・経産省のAI事業者ガイドライン第1.2版(令和8年3月)、行政書士法の条文を根拠に、使える場面・使えない場面・事務所ルールの雛形を整理します。特定のAI製品の機能や料金には立ち入らず、サービスが変わっても使える判断軸に絞ります。

この記事の結論

  • 判断軸は3つ:①入力する情報(秘密・個人データか)②出力の使い方(最終判断を委ねていないか)③作業の主体(行政書士の責任下か)
  • 使える:法令・制度の下調べと要約、文案・説明文・翻訳の下書き、定型メール・FAQ、議事録整理、自事務所の知識ベース検索——いずれも一次情報で裏取りして行政書士が確定する前提。
  • 使えない/条件付き:依頼者の個人データ・秘密をそのまま入力(学習不使用の確認と同意がない限り)、AI出力の無検証提出、AIを介した実質的な無資格者への書類作成委託、依頼者への説明なしの外部送信。
  • 根拠は行政書士法12条(守秘)・19条/19条の3(業務制限・名義貸し禁止)・1条の2(ICT努力義務)、個人情報保護委員会の注意喚起、AI事業者ガイドラインのAI利用者事項(U-2・U-4・U-5・U-7)。
  • 事務所ルールは**「入力禁止情報リスト」「検証ルール」「依頼者への説明」「ログ保管」**の4点で足りる。

1. 前提 — 行政書士を縛る3つの規律

規律条文AI利用での含意
守秘義務行政書士法12条(違反:1年以下の拘禁刑または100万円以下の罰金・22条)依頼者の秘密を外部サービスに入力する行為は「漏らす」に当たり得る。学習に使われない・第三者が閲覧しない契約か、識別情報を除いているかが焦点
業務独占・名義貸し禁止19条・19条の3AIを使っても「誰が作成したか」の評価は変わらない。無資格者がAIで書類を仕上げ、行政書士が名義だけ貸す構造はNG
職責・ICT努力義務1条の2品位保持・法令実務への精通・公正誠実な業務とセットで、ICTを活用して利便向上・業務改善に努める

【原文・行政書士法12条】行政書士は、正当な理由がなく、その業務上取り扱つた事項について知り得た秘密を漏らしてはならない。行政書士でなくなつた後も、また同様とする。

2. 個人情報保護委員会とAI事業者ガイドラインが求めること

2-1. 個人情報保護委員会「生成AIサービスの利用に関する注意喚起」(令和5年6月2日)

【原文・別添1(1)②】個人情報取扱事業者が、あらかじめ本人の同意を得ることなく生成AIサービスに個人データを含むプロンプトを入力し、当該個人データが当該プロンプトに対する応答結果の出力以外の目的で取り扱われる場合、当該個人情報取扱事業者は個人情報保護法の規定に違反することとなる可能性がある。そのため、このようなプロンプトの入力を行う場合には、当該生成AIサービスを提供する事業者が、当該個人データを機械学習に利用しないこと等を十分に確認すること。

同①は「特定された利用目的を達成するために必要な範囲内であることを十分に確認」を求め、一般利用者向けには入力情報が学習に使われて出力されるリスク応答に不正確な内容が含まれるリスク利用規約・プライバシーポリシーの確認を挙げています。行政書士事務所は個人情報取扱事業者ですから、(1)①②がそのまま適用されます。

2-2. AI事業者ガイドライン(第1.2版)— 「AI利用者」の事項

事務所は同ガイドラインのAI利用者に当たります。関係する項目を抜き出すと——

  • U-2 安全を考慮した適正利用:提供者が想定した範囲内で利用し、出力の精度・リスクの程度を理解し、リスク要因を確認した上で利用する
  • U-4 個人情報の不適切入力・プライバシー侵害への対策:個人情報を不適切に入力しないよう注意
  • U-5 セキュリティ対策:提供者のセキュリティ上の留意点を遵守し、機密情報等を不適切に入力しない
  • U-6/U-7 ステークホルダーへの情報提供・説明:出力を事業判断に用いた場合の合理的な範囲での情報提供、個人の評価の参考にする場合のAI利用の通知と人間による合理的判断

ガイドライン自体は法的拘束力のないソフトローですが、行政書士法1条の2の「職責」をどう果たすかの具体的な物差しとして使えます。

3. 使える場面 — 5類型

場面具体例条件
① 調査・理解の補助制度改正の概要把握、審査要領の要約、条文の構造整理、他分野の用語確認必ず一次情報(e-Gov・所管庁ページ・手引)で裏取り。出典URLを出させても、リンク先の実在と内容を自分で確認
② 文案の下書き依頼者向け説明文、理由書・事業計画書の骨子、ヒアリング項目案、ウェブ記事の構成固有情報は入れない(または匿名化)。最終文は行政書士が確定
③ 翻訳・多言語対応依頼者向け案内の多言語化、外国語書類の内容把握在留申請の添付書類の翻訳は翻訳者・翻訳日を明記して責任を持つ。AI訳をそのまま「翻訳文」として提出しない
④ 定型業務の自動化問合せFAQの一次回答、面談メモの整理、期限管理のリマインド文、社内マニュアル検索依頼者データを扱うなら学習不使用・アクセス制御のある環境。面談メモは要配慮個人情報を含み得ることに注意
⑤ 自事務所ナレッジの検索過去の許可事例(匿名化済み)、自治体ごとの取扱いメモ、様式の差分事務所内環境または契約上データが隔離されたサービスで

4. 使えない場面・条件付きの場面

4-1. 依頼者の秘密・個人データの「そのまま入力」

在留カード番号、旅券番号、住所、家族構成、病歴、収入、取引先名——これらを一般向けの無料チャットに貼り付ける行為は、12条の「漏らす」該当のリスクと、個人情報保護委員会が指摘する個人情報保護法違反の可能性を同時に抱えます。条件は3つ:学習に利用されない契約であること、利用目的の範囲内であること、依頼者に説明し同意を得ていること。それでも識別情報は伏せる(マスキング)のが安全側です。

4-2. AI出力の無検証提出

確率的に生成される文章は「もっともらしい誤り」を含みます。要件の条番号、期限、必要書類、手数料——AIが出した数値・条文は一次情報で1件ずつ確認してから使う。確認コストを払えないなら、その場面でAIを使わない方が合理的です。書類の内容について責任を負うのは1条の3の業務主体である行政書士であり、「AIがそう言った」は免責になりません。

4-3. AIを挟んだ実質的な無資格者委託

「AIが書類を仕上げるので、無資格スタッフ(または提携先)が入力→行政書士は名義と押印だけ」という設計は、19条・19条の3の問題をAIで隠しているだけです。改正行政書士法で19条に「いかなる名目によるかを問わず」が加わり両罰規定も整備された今、提携スキームの点検はAI導入とセットで行うべきです。

4-4. 依頼者への説明なしの外部送信

依頼者は「自分の情報が外部AIに送られている」ことを知らないのが通常です。契約書・業務説明書に**AI利用の有無、入力しない情報、使用サービスの性質(学習不使用等)**を明記し、同意を取る——U-7の「ステークホルダーへの説明」を実務に落とすならこれです。

5. 事務所ルールの雛形(4点)

  • 【入力禁止情報リスト】氏名・生年月日・在留カード番号・旅券番号・住所・連絡先・マイナンバー・要配慮個人情報(病歴・犯罪歴等)・依頼者の取引先名・未公開の事業計画は、マスキングなしに外部AIへ入力しない
  • 【利用サービスの基準】入力データを学習に利用しない契約、アクセス制御、保存期間・第三者提供の条件を規約で確認し、確認日・担当者を記録。無料の一般向けチャットは依頼者情報に使わない
  • 【検証ルール】AI出力の条文・数値・期限・必要書類は一次情報(e-Gov・所管庁・自治体手引)で全件確認。確認者と確認日を案件記録に残す
  • 【責任の所在】書類の最終確定は行政書士。補助者・提携先がAIで作成した文案も、行政書士が内容を理解し修正できる状態で承認する
  • 【依頼者への説明】契約書・業務説明書にAI利用の有無、入力しない情報の範囲、利用サービスの性質を明記し同意を得る
  • 【ログと見直し】どの案件でどのAIを何に使ったかを簡潔に記録。規約改定・ガイドライン改定(AI事業者GLは年次更新)時にルールを見直す
  • 【補助者教育】上記ルールを事務所内研修で周知。違反時の報告経路を決めておく

IT・オンラインでの解決策

実装の順序は「環境→ルール→用途拡大」です。まずデータが学習に使われず、アクセス権を管理できる環境(法人契約やAPI経由、事務所内での運用)を用意し、次に入力禁止情報リストと検証ルールを文書化して、それから用途を①調査→②下書き→④定型業務と広げる。入力前に氏名等を自動で伏せ字にする前処理、出力に一次情報URLを併記させるプロンプトの定型化、AI利用ログの案件管理表への記録欄——この3つは特別なツールがなくても今日から作れます。AI事業者ガイドラインには**チェックリスト(別添7)**が付いており、事務所規模に合わせて必要項目だけ抜き出す使い方が現実的です。

まとめ

項目内容
法的な柵行政書士法12条(守秘)・19条/19条の3(業務制限・名義貸し禁止)・1条の2(ICT努力義務)
公的指針個人情報保護委員会 注意喚起(令和5年6月2日)/AI事業者ガイドライン第1.2版(令和8年3月31日)AI利用者事項 U-2・U-4・U-5・U-7
使える調査・要約、文案の下書き、翻訳の下書き、定型業務、自事務所ナレッジ検索(一次情報での裏取りと行政書士の確定が前提)
使えない/条件付き個人データ・秘密のそのまま入力、無検証提出、AIを介した無資格者委託、説明なしの外部送信
事務所ルール入力禁止情報リスト・利用サービス基準・検証ルール・責任の所在・依頼者説明・ログ・教育

よくある質問

Q.依頼者の情報を生成AIに入力しても守秘義務違反になりませんか?
A.行政書士法12条は「業務上取り扱った事項について知り得た秘密」を正当な理由なく漏らすことを禁じ、違反は1年以下の拘禁刑または100万円以下の罰金(22条・親告罪)です。個人情報保護委員会は、本人の同意なく個人データを含むプロンプトを入力し、それが応答の出力以外の目的(機械学習等)で取り扱われると個人情報保護法違反となる可能性があるとして、提供事業者が入力データを学習に利用しないこと等を十分に確認するよう求めています。学習に利用されない契約(API・法人プラン等)で、かつ利用目的の範囲内であることを確認したうえで、氏名・在留カード番号等の識別情報を伏せて入力するのが実務上の最低ラインです。無料版の一般向けチャットに依頼者情報をそのまま貼り付けるのは避けるべきです。
Q.AIが作った申請書類をそのまま提出してよいですか?
A.避けるべきです。AI事業者ガイドラインはAI利用者に対し、出力の精度とリスクを理解し、確認したうえで利用することを求めています(U-2)。行政書士法1条の3の業務は行政書士が自らの責任で書類を作成するものであり、AIの出力は下書き・たたき台に位置づけ、一次情報(法令・審査要領・自治体の手引)で全件確認したうえで行政書士が内容を確定する体制が必要です。誤った記載で依頼者に不利益が生じた場合の責任はAIではなく行政書士にあります。
Q.AIで効率化すれば、無資格スタッフに書類作成を任せられますか?
A.できません。行政書士法19条は行政書士・行政書士法人でない者が他人の依頼を受け報酬を得て業として書類作成を行うことを禁じており、19条の3は行政書士が違反者に自己の名義を利用させることを禁じています。AIを使っても「実質的に誰が判断し作成しているか」は変わらないため、補助者の作業はあくまで行政書士の指揮監督下の補助に留め、最終的な内容確認と責任は行政書士が負う設計にしてください。
Q.AIを使っていることを依頼者に伝える必要はありますか?
A.法律上の一律の義務はありませんが、AI事業者ガイドラインはAI利用者に対し、ステークホルダーへの合理的な範囲での情報提供・説明を求めています(U-6・U-7)。依頼者の情報を外部AIサービスに入力する場合は、契約書や業務説明書に利用する旨・入力しない情報の範囲・学習に利用されないサービスを選ぶ旨を記載し、同意を得ておくのが望ましい運用です。

編集長の一言

AIは「行政書士の仕事を奪う」よりも先に、**「行政書士の責任を曖昧にする」**形で事務所に入ってきます。だからこそ線引きは製品ではなく規律から引くべきで、12条と19条、そして1条の2——この三つを読み直すだけで、やってよいことの輪郭はかなりはっきりします。ICT活用が職責になった年に、AIを「使わない理由」を探すのではなく、使ってよい形を文書にしておくことが、依頼者にも自分にも一番の防御になるはずです。

出典・関連法令(一次情報)